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2017-04-23 13:09 | カテゴリ:viaggio・旅
ジャンル:海外情報 テーマ:イタリア生活
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自分が14年住んだローマへ「観光に出かける」というのは、やっぱり不思議な感覚です。

先週のイースター休暇を利用して、パオパオ、そしてパオパオの両親を連れてローマへ3泊4日の旅に出かけてきました。
パオパオはこれまで仕事が忙しいという理由で両親と旅行をしたことがありません。
最後の家族旅行はパオパオがまだ高校生だった頃、夏休みに海辺の町に行った時にさかのぼるそうです。

私の両親は他界してしまいましたが、、パオパオの両親はまだ元気です。
でも親というのは残念なことにいつまでも元気ではないのです。
まだ元気に歩けるうちに、少しでも親孝行をしてほしい、思い出づくりをしてほしい、そうでないといつか愛する人達がいなくなってからでは本当に遅い、、、ローマ旅行、そういう思いを込めてパオパオの背中を押しました。

今回の旅は車での移動です。電車のタリフも調べてみましたが、4人となるとやはり車の方が割安になりました。
ヴェネトを朝6時半出発、途中サービスエリアで休憩して、12時半には順調にホテルに到着。
車をホテルの駐車場に置いて、ホテルから徒歩5分の最寄り駅マルコーニMarconiからカヴールCavourまで10分ちょっと地下鉄で移動。
ランチは日本でも近年すっかり有名店になったオステリア・ラ・カルボナーラOsteria La Carbonara(www.http://lacaarbonara.it)を予約済みです。

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ここでいつも頼むアンティパスト、カルチョーフィ・アラ・ジュディアcarciiofi alla giudia(カルチョーフィのフライ)です。
でも、気のせいか、いつもよりはなんだか感動に欠ける。。。もっとおいしかったような気が。w(゚o゚)w
本来、外側の部分も食べてしまうんですが、たぶん揚げ過ぎで、今日はお残ししてしまいました。

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気を取り直して、パスタ。私とパオパオは定番カルボナーラ、お母さん達はアマトリチャーナを注文。
、、、と、ここでもレベルの低下に気づいてしまいました。カルボナーラ、全然アルデンテでない、、、これはちょっとショックでした。
こちらのオステリア、昔はもっとおいしかったんですが、ガイドブックに載っちゃったから手抜きになってしまったんでしょうか?
とっても残念です~~~ (T_T)

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テーブルマットは各国語で「ありがとう」と書かれていますが、、、
日本語のありがとうは見つからず、「感謝」という言葉となぜか「ございましたGozaimashita」???

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昼食後のプログラムはカロリー消化の為の散歩です。
ナツィオナーレ通りを渡って、クイリナーレの丘からトレビの泉まで下りてきました。
たまに真っ裸で泉に飛び込む外国人観光客が出没しますが(450ユーロの罰金だそうです)、この日はいませんでした。
パオパオの両親はコインを投げて、ローマ再訪を泉にお願いしていました。
最後にローマに来たのは50年前だそうで、「次に来るのは50年先よ}と笑っていました。

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その後、パンテオンへ向かう道、途中にローマショップの前を通過。
私一人だったら中に入って、チームのシャツとかマスコット人形とかガンガン買い物してしまうところですが、今日は素通りです。

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パンテオン前は入場を待つ長い列ができていました。
よって入場はせず、スルー。
歩き続けます。
まだ4月の半ばだというのに、日焼けしそうな暑さです。

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ナヴォナ広場、いつも大道芸人の人達でいっぱいです。

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お天気がよいので、大胆にお昼寝している人もいます。 子守りに疲れたお父さんでしょうか?

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たくさんの絵描きさんがいる中、この方は実物より美しく描くテクニックをお持ちのようでひときわ人だかりができていました。☆

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みのむしが幼虫だった頃、よくこの広場に連れてきて、時間が経つのを忘れて手品師のおじさんを見ていたものです。
あの頃にもう戻ることができない切なさを感じます。。。

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カンポ・ディ・フィオーリ、移民の多いご時世を反映して、お花屋さんの屋台の人もインド系の人です。

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壁に「Ultras Roma(サッカー・ローマチームの筋金入りファン)」の落書きを見つけると思わず微笑みが出ます。

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歩き疲れたので、ディナーはホテルすぐ裏のLo Convento(http://ristoranteloconvento.com)という名前のレストラン・ピッツェリアへ(なぜ定冠詞が”Il”ではなく、”Lo”なのか?)。
食べに来ているお客さんは皆地元ローマの人ばかり、レストランの位置がホテルからは死角になっているうえ、決して一人では歩きたくない暗い細い夜道とトンネルを抜けてこなければならないので、ホテルの宿泊客にはこのレストランがあることすら気づかれないようです。コンヴェント=修道院という名前にちなんで、このレストランのスタッフはほぼ全員がカップチーノ派の修道僧服を着ています。でも本物の修道僧はタトゥーはしていないでしょうね。。。

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会計のフランチェスコ修道僧はなかなかのイケメンです。

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電話ボックスもよく見ると、懺悔ボックスを再利用しています!
ついでに、グレゴリオ聖歌をBGMに流していればよかったのに、と思いました。

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お昼はパスタだったので、夜はピツァにしました。
私が頼んだのはカラブリア風ピツァ、ndujaンドゥイアという唐辛子とサラミのペーストが散りばめられていてとってもスパイシー。
ローマのピツァは大きく見えても紙のように薄く、食後、胃にもたれるということがなくてありがたいっ!

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私達の宿泊ホテルは限りなく3つ星に近い4つ星ホテル、ホテル・アレア Hotel Area(http://hotelarearoma.it)です。
広いお庭に囲まれていて朝は小鳥の鳴き声で目が覚めるリラックス感がありますが、すぐ横に幼稚園から高校までのミッション系スクールがあり、学校がある日の朝はもっとうるさいのかもしれません。
何と言っても駐車場がタダで、室料も安く(イースターのハイシーズンでもツインが70ユーロぐらい)、地下鉄の駅に近いのでこちらを選択したのですが、シャワーボックスがとっても小さくて、ちょっぴり太めのパオパオのお母さんはシャワーの中に入ることができず(!)、もっと広いシャワーボックスがあるお部屋に変えて頂きました。(゚△゚;ノ)ノ

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朝食は卵料理やソーセージなどもありましたが、それらに手を出すのは外国人だけです。
イタリア人の朝食はクロアッサンやタルトなど”甘い味”とカフェが基本で、塩味のお皿はまず食べません。

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2日目朝、ホテル近くの停留所まで歩き、公共バスでサンタンジェロ城に着きました。

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テベレ川の風景、癒されます~。時を忘れてずっと見つめていたくなります。

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バチカン前はイースター時期のテロを警戒して、厳重体制です。
実は私たちは「列に並ばずサンピエトロ大聖堂へ入場、ガイド付きツアー」という切符をネットで事前購入し、万全を期していたのですが。。。
そこはさすが、イタリア
結局、1時間以上並ばされ、ようやく入場してみると、ガイドはもう遅いから手配不可、オーディオガイドなら無料、という恐ろしい内容。。。アメリカ人のおじさんが「俺の金返せ~!!! I WANT MY MONEY BACK!!!」と大絶叫していました。
私たちは返金手続きを申し込んだところで、イタリアのこと、お金を返してもらえる保証もないと判断し、しぶしぶオーディオガイドを聞きながらそそくさと見学して外に出ました。手配先はTripadvisor経由で予約したViatorという会社なのですが、他の人達に私たちの不幸が繰り返されないことを祈るのみです。(*`へ´*)

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バチカン付近はツーリストメニューなどを出しているしょぼいレストランが多く、このホリデーシーズンの観光客数ではランチも予約しておいた方がよいと思い、バチカン広場から徒歩5分ぐらいの所にあるダ・ロモロ・アッラ・モーレ・アドリアーナDa Romolo alla Mole Adriana(http://daromoloallamoleadriana.it)を押さえていました。私のパスタは今日のお薦め、アサリとイカのショートパスタです。ソースは薄味でパスタももちもちしていて絶品!

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せっかくのローマなので、私の大好きなプンタレッレPuntarelleも注文しました。

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こちらのレストランにはこれまで来たことがなかったのですが、大当たりでした。
2年前ぐらいに開店したらしいですが、値段も安く、お料理も美味しく、天井の高い空間からボルゴ・ピオBorgo Pioのレンガの壁が見えて素敵な雰囲気です。

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午後は春爛漫のスペイン階段に周ってみました。
その時点でパオパオのお母さんが歩き疲れてきたので、ポポロ広場から地下鉄でホテルに戻りました。

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今日のディナーもしつこく修道院です、笑。
パオパオの両親は歩き過ぎで足が痛くなり、ホテルの部屋から一歩も外に出ず、私とパオパオだけで出かけました。
今日は自家製パスタなのでしょうか、長さ10㎝ぐらいの巨大なリコッタチーズのラビオリ!
シンプルなバジリコ・トマトソースはいつ食べても飽きることがありません。
パオパオの注文したアバッキオ・ア・スコッタディートabbacchio a scottadito(ローマ風羊のグリル焼)は絶品だったそうです。

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3日目はコロッセオの日です。
こちらもテロ警戒の為のメタル感知器を通過しなければ入場できません。

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さて、前日のバチカンツアーでひどい目に遭ったので、今日のコロッセオツアーは早めに到着。
10:20からイタリア語のガイドさんと一緒に一般入場者は入ることができない地下の部分と一番高い第三レベルを見学するツアーです。30分も早くミーティングポイントに着いて待機、今日は楽勝と思っていたら、、、
ここでも予期せぬ恐ろしい事態が。。。
ツアー出発3分前になって、パオパオのお父さんがいきなりおトイレに行きたいと言い出したのです~~~(大汗)。
どうしよう?と悩みましたが、義父にお漏らしをさせるようなことはやはりできません。
、、、ということで、お父さんがトイレに行っている間に、私達4人はしっかりツアーに置いてけぼりになってしまいました。。゚(゚´Д`゚)゚。

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トイレから戻ってきたお父さんと怒り狂うパオパオをなだめながら、とりあえずコロッセオ内部に入り、私たちのツアーを探しましたが、、、
広大なコロッセオ、何百人もの観光客、、、一体どこにいるのか、さっぱりわかりません。。。
守衛さんに相談してみると、第三レベルに上がる門の前で待っていればきっと合流できるというアドバイス。
そして待つこと1時間。。。
やかんを頭に置けばお湯が沸くくらいにカッカしていたパオパオが、もう帰ろう!と叫び始めました。

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そこに現れたのは、私たちのツアーのガイドさん!
なんとか30分ぐらいは一緒に説明を聞くことができそうです。ほっ。。。

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地下を見ることはできませんでしたが、なんとか第三レベルまで登ることができました。\(^o^)/

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豆粒みたいな人々の姿が見える場所が第三レベルです。
剣闘士の説明とかとても興味深い話ばかりだったので、ツアーのほとんどをミスしてしまったのは本当に残念でした。
歴史や考古学が大好きなパオパオ、いつの日かこのツアーにまた申し込もうと燃えていましたが、、、

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一昨日~昨日の疲労が抜けないパオパオのお母さん、この後、フォロロマーノの見学も予定していたのですが、ついに歩けなくなって座り込んでしまいました。そこで予約していたレストランにさっさと直行。今日のランチはフォロロマーノから歩いて1分の広場にあるマラクーヤMaracuja(https://www.facebook.com/osteriamaracuja/)です。今日はイースターなので、ゆで卵を飾った前菜とスプマンテをサービスしてくれました♫

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こちらのお店はロブスターのパスタとか魚介が得意だと把握していましたが、今日はイースターの為、通常メニューがなく、お肉とお魚の二つのセットメニューしかないそうで、こちらはお肉のメニューです。

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お魚のメニューがこちら。
一品一品、足し算していくとセットメニューはお値打ち感はありますが、とてもこの量を食べられるとは思われません!

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メニューから1品選ぶこともできるというので、私はタコとソラマメとペコリーノチーズの前菜だけにしました。ボリュームがすごかったので、これ1品でお腹が一杯になりました。私以外の三人はラザーニェ・アル・ラグー・ビアンコ・エ・カルチョーフィLasagne al ragu` bianco e carciofi(仔牛のミートソースとカルチョーフィのラザーニャ)を頼みましたが、優しいお味でとても美味しかったそうです。

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昼食後、ホテル直行、午後はシエスタです。
昨日のディナーを食べなかったパオパオの両親もローマ最後の夜はちゃんとディナーに行きたいと燃えています。
ゆっくり休んだところで、夜のトラステヴェレに繰り出しました。
予約したレストランはダ・メオ・パタッカDa Meo Patacca(http://ristorantedameopatacca.it)です。
こちらのレストランの売りは雰囲気、明るく陽気なミュージシャンが歌を歌いながら各テーブルを周ってくれます。
自分ではまず来ないタイプのレストランなのですが、パオパオのお母さんは鼻歌をいつも歌っている人なので、こういう雰囲気はきっと気に入ってくれるだろうと予想していました。
さすがに南国ローマ、4月の半ばでも日中は半そででちょうど良く、夜でも心地よい暖かさが残る気候、私たちが案内されたテーブルは屋外のテラス席でした。レストラン内部はフォークロア調で独特の雰囲気があり、もしそちらになっていたとしても決して悪くはありませんでしたが、今夜はテラスで正解でした。

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もうさすがにパスタはパスして、セコンドだけを頼みました。
チキンのトマトソース煮込み+ポテトのオーブン焼きです。

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デザートはティラミスをパオパオをシェアしました。
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予想通り、音楽と陽気な雰囲気で、盛り上がりまくった夜になりました。
私がリクエストしたInno della Roma(ローマの応援歌)と、歌手アントネッロ・ヴェンディッティAntonello Vendittiのローマ・カポッチャRoma Capocciaも歌ってもらって感動~~~でした☆ ちなみにアントネッロ・ヴェンディッティさんはこのレストランの真向いの建物に住んでいるそうなので、自分の歌が歌われているのが聞こえたでしょうか?

楽団の人達と記念写真を撮って、パオパオの一家ご満悦です☆
色々なハプニングが起こりましたが、皆とても楽しんでくれたようです。
何年かしてこの日のことを思い出す時が来るのでしょう。。。
人はあの世にお金も家も車も持って行くことはできませんが、思い出だけは持って行くことができます。
残される人にも思い出を残していくことができます。
パオパオが少しこれから親孝行を続けてくれることを望みつつ。。。
ローマの休日終了!
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2013-09-13 12:12 | カテゴリ:viaggio・旅
ジャンル:海外情報 テーマ:イタリア生活
サルデニアの旅も4日目、旅のハイライトです。

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(写真:「美と自然を尊重しながらサルデニアを愛そう」、君はここOrgosoloにいるよ、という地図)

今回の旅を計画した時に絶対に訪れてみたいと思ったのがオルゴーゾロOrgosoloというヌオーロNuoro県にある町。サルデニア=エメラルド海岸、といういわゆる観光路線からは大きく外れ、ヌオーロ県はサルデニアの内陸部に位置しています。険しい地形、よそ者を寄せ付けないミステリアスな気質、ある意味、最もサルデニア色の強い地域と言われています。

海の家からは160キロ、片道約3時間の距離ですが、夜明けと共に出かけてみました。

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オルゴーゾロの町に入る山道のカーブにある岩です。
サルデニアにはムラーレスMularesといって、町や村の壁に描かれたアートを見かけることがあります。
単なる落書きとは違って、ムラーレスは元々、政治を批判・風刺する用途がありました。
そのムラーレスが一番多く描かれた町がオルゴーゾロです。
「ムラーレスの町オルゴーゾロにようこそ」という看板みたいな岩でしょうか。

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到着後、ムラーレスを見る前に私達が向かった先は、村の郊外にある山の中のレストラン、スープラモンテSupramonte(http://www.supramonte.it/、宿泊施設もあります)です。このレストランでは「羊飼いと一緒にランチPranzo con i Pastori」という一風変わったランチを提供しています。最初はランチ(一人23ユーロ)だけを予約しようとサイトを見ていたのですが、「羊飼いの案内でスープラモンテ地方の自然をジープで探検しよう!」というツアーがあることを発見!でも当初、予約は私達2人だけ。2人だけの場合、一人あたりの参加費が110ユーロもするというのですっかりあきらめていたんですが、前日になって他に2人の参加希望者が名乗りを上げたという電話が!おかげで一人55ユーロ(ランチ込)になったので、めでたく参加することができました。朝9時にツアー開始とのことだったので、6時前には海の家を出発、山の中の住所にナビが迷いながらなんとか9時に現地入りしたものの、レストラン近くに滞在しているという他の参加者カップルの方は30分遅れ。さすがイタリアンタイムです)。

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ガイドのピエトロPietroさん、立派な羊飼いです。
羊飼いと言っても羊だけでなく、豚や馬や他の動物も飼いならしています。
このジープで山の中の道なき道を走るんですが、傾斜40度ぐらいの凸凹の滑りやすい砂利道、首をガクンガクンさせながら、遊園地のアトラクションに乗ったぐらい冷や汗をかくことになります。

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スープラモンテの険しい風景です。
貧しく、放牧以外にこれと言って産業のなかったサルデニアでは、「誘拐」をビジネスにしていた時代がありました。1983年には有名宝石商ブルガリのアンナ夫人と子息ジョルジョ君がサルデニアの誘拐団に拉致される事件が起こっています。誘拐犯が身代金の支払いを急がせるために、ジョルジョ君の耳を切り落として送りつけてきたという残虐な手段に世の中は震撼しました。(身代金が支払われた後、二人は無事解放され、その後、ジョルジョ君の耳はパリの腕のいいお医者さんによって再びくっつけてもらったと聞いたことがあります。)

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(写真:ANSAより)

地元の者にしかわからないような秘密の洞穴などに人質を隠していたそうで、車やヘリコプターでは絶対に足を踏み入れることができない土地・・・ジープを降りて汗をかきながら歩き実感しました。

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ジープのトレッキングは4時間で終了。
出発地点のレストランに戻ってみると、すでに大勢の人達がランチに集まっていました。
野外で豪快にバーベキュー、サルデニア名物ポルチェッドゥPorceddu、豚の丸焼きです。

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この日は大型観光バス5台、中型バス2台、その他個人の車数台が停まっており、軽く200人ぐらいはランチに来ていました。テーブルはありません。木のベンチに各々腰かけて、お兄さん達が料理を配るのを待ちます。

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料理はすべて自家製、サラミ、チーズ、パンにサルデニアのDOCワイン、テッラコッタの器に注がれるカンノナーウCannonauです。
ワインは飲み放題なので、タダ酒には歯止めのきかないイギリス人観光客なんかが大挙して来たらレストランはつぶれるんじゃないか?とパオパオ(同感)。

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親豚、子豚、一列に並べられた料理の目玉、豚の丸焼きです。
サルデニアは羊が多いので、この他に羊の丸焼きも出てきます。

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串から降ろされた豚は、包丁でバンバンとカットされていきます。
ハーブなど香辛料を一切使わないというので、ワイルドな味なのかとおっかなびっくり食べてみましたが、本当に柔らかくジューシーな天然の味、おいしいです。

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食事が一息すると、羊飼いの人達によるエンターテイメントの始まりです。
真ん中の青いシャツの人は歯が痛いわけでも、鶴田浩二(←若い方々には???でしょうか?古い奴ですみません)の真似をしているわけでもありません。独特な旋律で魅力的なサルデニア民謡を皆でハモっているんです。

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最初は音楽を聴いていただけのお客さんも、次第に輪になって踊り始めました。
たらふく食べたランチを消化するにはもってこいです。料理はすべておかわり自由なので、大食漢の人にとっては23ユーロは安いくらいです。

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ランチの後は村に下りて、ムラーレス散策です。

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一般住宅、バールやレストラン、お土産屋さん、ガレージ、階段・・・町の至る所にムラーレスがあふれかえっています。予想外の数の多さにパオパオと驚きました(二人とも100枚以上、写真を撮っています)。

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先ほどムラーレスが政治風刺の用途があると述べましたが、資本主義と書かれた蛇に人間が締めつけられている絵です。

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こちらも痛烈に政治批判しています。
イタリア銀行Banca d'Italiaと書かれたコウノトリが、Mezzogiorno(南イタリアの通称)という風呂敷包みを運んでいますが、その包みからはお札がばらまかれ、政治家のポケットにしまわれる構図。南イタリアは政治家がマフィアなどと癒着して公共事業など税金がすべてムダ金に終わることが多いのですが、北イタリアだって北部同盟Lega Nordが政治資金を着服したり、ヴェネツィアのモーゼ計画に関わっていた政治家・企業が資金を水増し申告して差額を山分けしていたスキャンダルが出たり・・・悲しいかな、イタリア全土共通の光景です。

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一見、愛らしいムラーレス。
でも黒いショール姿の女性、かくれんぼをしているような女性、黒いショールの女の子・・・。
どこかミステリアスです。

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私がお気に入りのショットです。
サルデニアではご主人が亡くなると、未亡人は一生黒い服で過ごす風習が今でも受け継がれています。
都市部ではなかなか目にしませんが、村落に来ると、未だに喪服の女性達がいます。
このご婦人が通りかかった壁は奇遇にも「女性達よ、団結して立ち上がろう!」というスローガンでした。

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右の男性は映画「イル・ポスティーノIl Postino」に主演した今は亡き俳優、マッシモ・トロイージMassimo Troisiの似顔絵だとすぐわかります。詩の内容は:

人は魚と鳥になりたがる
蛇は羽を持ちたいと望む
犬は戸惑ったライオン
エンジニアは詩人になりたい
ハエはツバメを学び
詩人はハエを真似しようとする
でも猫は猫でありたいのだ

結局、自分らしさが一番ってことでしょうか?

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不思議な国に迷い込んだような壁画の町、オルゴーゾロ。
ムラーレスにご興味のある方は、サルデニア全土に広がるムラーレスを掲載した下記のリンクをのぞいてみて下さいね。

http://www.muralesinsardegna.net/
2013-09-06 07:55 | カテゴリ:viaggio・旅
ジャンル:海外情報 テーマ:イタリア生活
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サルデニアの旅の続編です。
今回の旅はサルデニア北~中部だけに範囲を絞ってみました。
サルデニアの州都カリアリCagliariのある南部辺りへはいつかまた機会があれば行きたいと思います。

サルデニア上陸二日目は、サルデニア北西に浮かぶ小さな島、アジナーラAsinara島までのエクスカージョンです。アジナーラ島は以前は凶悪犯を収容する刑務所のある島として名が知られていましたが、その刑務所も数年前に閉鎖され、今では無人島となり自然公園として保護されています。
アジナーラ島まではスティンティーノStintinoという町から観光ツアー用のボート(片道約30分)が出ています。出発時間10時頃、黒い雲が広がり、不安な天候です。

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ところが船に乗って10分もすると、空が晴れてきました。
スティンティーノの景勝地、ラ・ペローザLa Pelosaという砂浜が船上から遠くに見えます。

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アジナーラ島に到着する頃にはみごとな快晴。
ガイドのお姉さんが船着き場にお迎えにきていました。

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この汽車(実際は連結バス)で島を周ります。
この日帰りツアー、船+汽車+ガイド代金で大人一人45ユーロ、3歳以上の子供は30ユーロ、三歳未満はただです。島にはレストランがないので、ランチは各自サンドイッチやパニーノを持参します。

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さて最初に連れてこられたのが、フォルネッリFornelli刑務所跡です。

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若い世代の方はご存じないかもしれませんが、イタリアには「鉛色の年代Anni di piombo」といって1970年代に生々しいテロ活動があった時代がありました。その一連のテロ事件に関わった赤い旅団Brigata Rossaのメンバー達や、最近ではマフィアの大親分トト・リーナToto Riinaもここに収容されていたそうです。イタリア人にとってアジナーラと言えば、アメリカのアルカトラス、日本の網走、といった響きがあるようです。この手の犯罪事件が大好きなパオパオはキャーキャーと興奮しながら見学していました。

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約120年の刑務所の歴史のうち、ここから脱獄できた人は1人だけだそう。
記録によれば、受刑囚2人で脱獄を試みたものの、うち一人は捕まり、もう一人だけがゴムボート乗って逃げおおせたらしいです。スティーブ・マックイーンとダスティ・ホフマンが出演した映画「パピオン」を思い出してしまいました。

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また汽車ぽっぽに乗って島を移動です。
青い海に囲まれ、受刑地というよりは楽園という雰囲気です。

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アジナーラという名前はアジノAsino(ロバ)に由縁していて、島のあちこちにロバや野生の馬の姿を見かけます。

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休憩に立ち寄った島にたった一つあるバールで、珍しい味のポテトチップスを見かけました。
サルデニアで有名なチーズはペコリーノPecorinoというヤギのチーズ。ペコリーノチーズ風味チップス、地方色豊かです。本土では見たことがないパッケージ、お味の方はそんなにチーズを感じさせない、言われなければ気づかない程度でした。

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海はどんどん青く、水色になってきます。
自然保護地域なのでリゾートホテルなどむろんどこにも建てられていません。

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またまた別の刑務所巡りです。
青と白の色調、刑務所=灰色の壁というイメージからはほど遠い建物です。

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こちらの刑務所には看守の人達の子弟が通う学校も併設されていました。

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独房の中を拝見。
たんすの影になって見えませんが、奥にはおトイレもあります。

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午後からはみんなのお待ちかね、ビーチ・タイムです。
美白命の日本人とは対照的にイタリア人は日焼け命の国民です。
ブロンズ色に日焼けした肌=ステータスシンボル、と思われていて、9月になっても日焼けしていないと、「今年はバカンスに行くお金もなかったのね」と思われるのが嫌で日焼けサロンに通ってでも肌を焼く、という人までいるくらいです。

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ところが、パオパオは日焼けをしようとすると炎症を起こして発熱や嘔吐までするタイプ。
いきなり焼いて肌が驚かないように、姪っ子達がSPF50+の日焼け止めを塗ってあげています。

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ビーチタイムが終われば、青い海を後にしてボートで帰路へ。
アジナーラ島へは一般の交通手段がないので、このツアーはお値打ち商品です。

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翌日、3日目はやはり北西に位置するアルゲーロAlgheroの町に出かけることにしました。
アルゲーロはスペインのバルセロナがあるカタラン地方の支配下だった為、小バルセロナというあだ名がついています。方言もイタリア語というよりはカタラン語にそっくりです。

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アルゲーロ郊外にあるカーポ・カッチャCapo Cacciaとう景勝地です。岬の中にある鍾乳洞へは波が強すぎて、この日は入ることができませんでした。

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アルゲーロの町並、海に沿って城壁が連なるプロムナードです。

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なるほど、バルセロナの旧市街に町の感じがとても似ています。

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お昼に入ったピッツェリアです。
サッサリからアルゲーロにかけてのサルデニアの北部地方は昔からジェノバとの交流が盛んで、食べ物にもその影響が出ています。チェーチCeci(ひよこ豆)を材料にした薄いピッツァのような食べ物、ジェノバではファリナータFarinataと呼ばれるのがここサルデニアではファイネFaine(写真の看板右に一年中ファイネあり、という表示)という名前で呼ばれます。基本的に夜食べるものなので、残念ながらこの日は注文ができませんでした。写真左側の看板に書かれているセアーダスSeadasもサルデニアのドルチェで、中にチーズを詰めたパイ生地を油で揚げて、はちみつをかけて食べます。

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町の中心にあるサン・ミケーレ教会の屋根、北イタリアでは見ることがないカラフルな色彩です。
これから旅は中盤に入ります。
ではまた~!
2013-09-02 15:27 | カテゴリ:viaggio・旅
ジャンル:海外情報 テーマ:イタリア生活
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今年の夏のバカンスは実に24年ぶりにサルデニアSardegna(地図の赤色の部分)へ行ってきました。
ヴェネトからだと飛行機で飛び、一昨年のシチリア旅行のように現地でレンタカーという手もあるんですが、今回はトスカーナ州の港町リヴォルノLivornoまで車で行き、フェリーで車ごとオルビアOlbiaまで渡るプラン。パオパオにとっては初めてのサルデニアです!

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通常、私達のバカンスは「周遊型」であちこちの町に移動しながら違う宿に泊まるケースが多いのですが、今回は一か所の宿に一週間泊まり続けるという変則パターン。なぜかというと、みのむしのおじいちゃん・おばあちゃんはもともとサルデニアの出身。今は亡き二人は秋~春まではローマで暮らし、6~9月は渡り鳥のように故郷サルデニアの海の家で暮らしていました。今年のバカンスは安いバジェットで済ませる為にサルデニアの海の家を1週間借りることにしたんです。まったくのただ、ではあまりにも虫がいいので、電気・ガス・水道やお掃除代などの実費にプラスαを払いましたが、現地で合流するパオパオの妹家族と折半なので例年に比べるとかなりの節約です。海の家はサッサリSassariというサルデニア第2の都市から車で北に約30分。同じ北海岸でも超高級リゾート地のエメラルド海岸Costa Smeraldaとは大違いの素朴な地域です。

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フェリーの出航時刻は夜の23:50、車で乗り込む乗客のチェックインはその90分前までです。
フェリーの食事は高くてまずいだろうから、船に乗る前にリヴォルノで腹ごしらえです。リヴォルノはしょぼい港町という風情で、これといった見どころはありませんが町の真ん中にお堀があり、カヌーの練習風景が見られました。

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お堀の近くにあるトラットリア、Al Giro di Boa(Scali delle Cantine, 90 Livorno)でディナーをとることにしました。私のオーダーは贅沢なほどにふりかけられたウニとボンゴレのパスタです。どうみてもパスタと具の比率があっていません。贅沢な文句ですが、もう少し繊細な味の方がよかったんでは?という感想。

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リヴォルノの名物料理はリヴォルノ風カチュッコCacciucco alla Livornese、魚のスープです。
こちらは残念なことにとっても塩辛かったんです。。。
たまたまこちらのお店がこういう味付けなのか、はたまたリヴォルノの人達の味覚がこうなのか、わかりませんが。。。魚のスープは今では私の得意料理のひとつ、パオパオも「君のスープの方が何百倍もうまいね」と驚きをかくせませんでした。大量にお残ししたので、お店の人も気遣ってくれたのですが、本当のことは言えずお店を出ました。

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私達を運んでくれるフェリーはMoby。Looney Tonesとキャラクター契約をしているので、船体や船の内装にBugs BunnyやTweetyなどのイラストが描かれています。

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船には個別のキャビン船室があり、ほとんどの乗客はベッドで横になっての移動ですが、私達は行きは節約して椅子Poltronaだけを予約しました。私達のようなビンボー組はこのように床で寝ていくことになります。

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背中が痛くて目が覚めると、窓ガラス越しに朝日が昇り始めていました。

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オルビア港から約2時間、懐かしいおじいちゃん・おばあちゃんの海の家に到着です。
家の壁にはブーゲンビリアが蔦っていて、24年前とほとんど変わっていません。
寝室が5部屋、バストイレが3つ、リビングが2つ、キッチンが1つ、ですが、1960年代に建てられた物件なので、家のあちこちにガタがきています。

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ベッドルームもこのとおり、いたってシンプル。ホテルとは違って何もありません。

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海側に面した庭です。白いベンチによく腰掛けて海を見ていたおじいちゃん・おばあちゃんの姿が思い浮かんできました。

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ベッドルームの窓からは水平線だけ。時折、沖に船が通るのが見えます。
波の音のせいで、眠気が押し寄せてきます。

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とりあえず到着日、あまり遠出をせずにリラックスということで、13キロ先にある海辺の町カステルサルドCastelsardoに出かけることにしました。サルデニアのガイドブックには必ずと言っていいほど登場する風光明媚な町です。カステルサルドという名前を訳せば、サルデニアの城。町のてっぺんには古いお城の跡があります。

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町に行く途中にあるRoccia Elefante(象の岩)です。

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カステルサルドの主な産業はサンゴ、町のあちこちにサンゴのアクセサリーを売る店が見かけられます。
東洋人が好む真紅のサンゴも驚くほど安い値段で手に入ります。

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もう一つの名産はカステルサルド編みの籠製品。
古くから伝わる伝統工芸で、城壁の中にある編み籠のミュージアムMuseo dell'Intreccio Mediterraneoにも行ってみました。

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人気のない路地裏も雰囲気がある町です。

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町のてっぺんにあるお城まで上ると地中海ブルーとカモメ。

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オレンジ色の屋根に夕焼けがかかり始めた頃、お腹が空いてきました。
表通りの目立つ店を避けて、裏通りの目立たないピッツェリアに入ることにしました。

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お店の名前はマリア・ジュゼッパLa Trattoria Da Maria Giuseppa(Via Colombo, 6 Castelsardo)、早い・安い・美味い、三拍子そろったお店でした。写真は紫玉ねぎ・スパイシーサラミ・卵という組み合わせ。ピッツァの焼き方に関しては今回サルデニアの旅で食べた中では文句なくナンバーワンでした(他のところもレベル高かったんですが)!後ろに見えるビールはサルデニアのビール、イクヌーザIchnusa、今回の旅でずっとおつきあいしました。

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ピッツェリアを出ると夜の闇に浮かんでいたカステルサルドの町。
ずっと見ていても飽きない景観でした。

サルデニアの旅は続きます・・・。
2011-10-11 18:34 | カテゴリ:viaggio・旅
ジャンル:海外情報 テーマ:イタリア生活
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シチリアの旅も終盤に入りました。
次の目標はエトナ登山です。
宿に選んだのはエトナ山のふもとにある町ニコロージのベッド&ブレックファースト、ラ・レーナ・ロッサLa Rena Rossaです。

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山の中腹にある山小屋ホテルに泊まる手もあったのですが、こちらの方が10ユーロ安かったこと、なんと言ってもサイトで見たお部屋のイメージがとても可愛らしかったことでここに決定。壁やテーブルのステンシルなど、すべてオーナーのお母さんが描かれたそう。

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イケメンのオーナー、マルコさん。パオパオが山登りにしてはかなり軽装だったので、自分のウィンドブレーカーを貸してくれたり、とても親切でした。彼が手に持っているのは、数日前、母猫に捨てられたらしく庭で泣いていた子猫のティーナ(生後2週間ぐらい)です。私たちのことをお母さんと間違えてヨチヨチ追いかけてくるんです、可愛かった~。

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エトナ山は途中までロープウェーがあり、そこから先はミニバスに乗り換え、最後の部分だけ、山岳ガイドさんと一緒に徒歩で登ります。この費用一人51ユーロ。最初パオパオは自力で登れると思っていたようですが、火山灰で真っ黒な土に容赦なく降り注ぐ灼熱の太陽・・・!緑の木陰での山登りに慣れていたパオパオも自分の考えが甘かったことに気がつき、しぶしぶコースに参加しました。

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活火山なので、あちこちから煙が上がっています。
私たちが登る2日前にも噴火が起こったばかりだったので、下山するまではちょっと心配でした。

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なんとか溶岩に襲われることもなく、無事下山して、次の目的地、タオルミーナへ到着です。
ここの見所はエトナ山と海を背景にした古代劇場。

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確かに美しいんです。
しっかし、実際は町中、観光客で大混雑状態。

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それでも大通りから逸れて、人気のない街角を探して歩いてみました。

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シチリアの荷車の車輪も風情があります。

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シチリアのシンボルは太陽!
お土産屋さんでよく見かけた光景です。

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タオルミーナの一番の思い出は、このグラニータ屋さん。
Bam Barという有名店です。

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評判以上の美味しさでした。
上の方はスイカ味です。
スイカ自体は特に好きでもないんですが、このスイカのグラニータは凄い美味さです!

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チョコレートのグラニータも絶品でした。タオルミーナ観光でここははずせません。

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靴屋さんがセールをしていましたが、『残高』って?
イタリア語でセールはSaldiサルディといいますが、セールの他に確かに残高という意味もあるので、それを翻訳したんでしょうか?

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この時期、タオルミーナのホテルはどこも目玉が飛び出るほど高かったので、町はずれにあたる海辺のイゾラ・ベッラIsola Bella地区に泊まりました。小高いところにあるタオルミーナの中心街とはロープウェーで結ばれているし、とても”きれいな島”(まさにイゾラ・ベッラです)があります。ホテル名も同じく『ホテル・イゾラ・ベッラ』です。このホテルのとりえと言えば部屋からの眺めだけ(写真)。3つ星とは思えないくらいの古めかしさ(ボロさ)で、部屋に入ると気温30度以上なのにエアコンが止めてあり、冷蔵庫もスイッチが入っていない。電源の差し込み口が一つしかないので、冷蔵庫をつけようとするとテレビが見られなくなるという恐ろしさ。二股のコンセントはないのかとフロントに聞くと『ない』の返事(結局、ベッドの後ろに二股のコンセントが隠されているのを後で発見しましたけど)。安かろう悪かろうの見本のようなケースですが、恐ろしいことにこのホテルが今回の旅行で一番高かったんです。

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雑踏のタオルミーナからバスで脱出して、カステルモーラという小高い山の村にやってきました。
真下に広がる青い海の景色が爽快です。

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カステルモーラの昼寝猫を発見!
後ろに見えるミケランジェロのダヴィデ像がプリントされたエプロンとミスマッチです。

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タオルミーナでの夕食はカジキマグロのメッシーナ風。
トマトソースにオリーブ、ケイパー、ニンニク、オリガノなんかを入れてカジキと合わせればよさそう・・・簡単にできそうですね!

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さて、タオルミーナに実家のある友人のジュリオとアンドレアが私たちを『ゴッドファーザーツアー』に連れて行ってくれました。タオルミーナから内陸部に入ったサヴォカSavocaという山間の村には映画の撮影で使われたバールや教会があります。

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夜のバールはこんな感じ。

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バールの中には、映画のシーンの写真や小道具が飾ってあって、ちょっとした博物館みたいです。

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バールの入り口のシーン。

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今はこんな感じ。

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マイケルとアポロニアが結婚した教会です。

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サヴォカの村のトラットリアで本格的なパスタ・アッラ・ノルマPasta alla Normaに巡り会いました。フライした茄子をトマトソースにからめ塩気のあるリコッタチーズをかけていただくシチリア料理の代表選手です。ノルマという名前はオペラ作家のヴィンチェンツォ・ベッリーニの同名の曲から取られたそうで、ソースの豊かさに『これはまさにノルマのようだ』と名付けられたとか。材料費はかけず、美味しいものを作り出す技、すばらしいです。

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東海岸のタオルミーナから、西海岸のマルサーラまで長距離ドライブ。海岸線沿いに走ります。

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シチリア旅行最後の宿はマルサーラ郊外のバーリオ・オネートBaglio Onetoというホテル。今回、私が一番お気に入りだった宿ですが、ここにたどり着くの、マジ大変でした。ぶどう畑のど真ん中にあり、ナビではもちろん探せなくて、何度も迷子になりながら地元の人に聞きまくりましたが、小学生ぐらいの男の子がエイリアンでも見るかのように目を丸くして私を凝視しているのに気がつきました。恐らく彼は今まで東洋人を見たことがなかったんだと思います。そのくらいのド田舎にあるホテルですが、行く価値大です。

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ホテルには古い塔やワインセラーがあり、プールサイドからは一面ぶどう畑と遠くに海が望めます。

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朝食とディナーはコロニアル調の中庭で。

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トラパニ近くにあるエリチェという城塞の町です。行ったのが日曜だったので、ここも観光客がごったがえしていました。

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私がこの旅で一番見たかったのが、トラパニの塩田です。

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いったんホテルに戻って、ワイン・テイスティングに参加しました。
白もすっきりして美味しいのですが、シチリアらしく力強い赤を2本購入しました。飛行機の中に手荷物で液体が持って入れなくなってからというもの、エアーパックとセロテープは旅の必需品になりました。

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夕方、またしても塩田にやって来ました。
空が薔薇色に染まっています。

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水平線がどんどん赤くなってきました。
ぼ~っと見続けているだけでとても贅沢な気分になりました。

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夕日の赤と闇の青が混ざって紫色の空です。

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暗くなるとイルミネーションが灯りました。
塩田の真ん前にバールがあるので、テラスに座ってアペルティーヴォを飲みながら夕暮れの塩田を鑑賞できます。

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シチリア最後の晩餐はシーフードのクスクスに挑戦。トラパニあたりは地理的に北アフリカに近いのでアラブ料理の影響を受けています。実はクスクスはパスタほどコシもなく決して好きな食べ物ではないのですが、このシーフード・クスクスだけは文句なく美味しい一品でした!

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バーリオ・オネート、そしてシチリアにお別れの朝です。

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朝食時にいつもテーブルにやってきていた猫君。我が家のジンジャーに瓜二つでした。これは留守番していたジンジャーの『早く帰って来い』という呪いのテレパシーだったのでしょうか。ジンジャー様、いつも出かけてすみません・・・。

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パオパオがシチリア中どこでも食べていたのが、カッサータ・シチリアーナCassata Siciliana。中は甘く濃厚なリコッタチーズとスポンジケーキ、外はシュガーコーティング。ひたすら甘いです。

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そしてパオパオのシチリアのお土産・・・蚊に刺されまくった手足!普段は滅多に蚊に刺されることのないパオパオなのに、なぜかシチリアの蚊には大もてだったようです。

10日間の旅でしっかり体重も激増です。
アリヴェデルチ、シチリア!
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