2011-07-21 01:22 | カテゴリ:calcio・サッカー
ジャンル:海外情報 テーマ:イタリア生活
asroma18

カルチョの国イタリアに住むことになったのはサッカー好きとして悪くなかったのかもしれない。サッカーにハマったきっかけは1978年のアルゼンチンが優勝したワールドカップだった。その時のアルゼンチン・チームのキャプテン、マリオ・ケンペスはそれはそれは素敵な選手だった。79年にトヨタカップで来日した時、品川のパシフィックまでサインをもらいに行ったくらい熱狂していた。

当時、日本ではサッカー好きな人は稀で東京12チャンネルで三菱ダイアモンドサッカーという60分番組(サッカーの試合は90分なのに60分番組というのも凄い)で、世界各国のダイジェスト版を放映していたぐらいで、日本では超マイナーなスポーツだった。今のJリーグ、なでしこ・ブームがやってくるとは想像できなかった時代である。

前置きが長くなったが、私のサポートチーム、ASローマは毎年北イタリアまで夏の強化合宿にやって来る。
我が家から片道300キロの距離、車を飛ばして、トレンティーノ・アルト・アディジェ州ブルーニコBrunicoという町までローマの合宿の見学に出かけてきた。パオパオはローマファンではないので私の一人旅だ。私のローマ病のことはあきらめてくれている。

asroma15

初めて訪れるブルーニコ。
ここはイタリア?と思うぐらい、町はゲルマンの雰囲気が漂う。
オーストリアとの国境は目と鼻の先だ。
アルト・アディジェ地方の母国語はドイツ語だ。人の様子も金髪に青い目というゲルマン風が主流でぱっと見はイタリア人というより完璧にドイツ人風の人が多い。皆バイリンガルでイタリア語も通じるのだが、やはりRの発音にくせがあるドイツ語なまりのアクセントだ。

asroma17

町の風情。

asroma13

川の流れる景色。やっぱり外国に来たような気が・・・。

asroma11

メルヘンチックな可愛らしい町。

asroma10

地元の民族衣装で散歩している人達を見ると、ここはチロルなんだと実感。

asroma14

あちこちに花が咲き乱れ、とってもお上品な雰囲気。
こんなところにあまりお上品とは言えないローマのファンが大挙してやって来ても大丈夫なのか、ちょっと心配。

asroma19

町を闊歩するロマニスタ一家(左下)。ベビーカーの子供の果てまでしっかりジャッロ・ロッソ一色・・・と言いたいところだが、旦那の来ている服、もしかしてラツィオファンなのか? もしそうなら家庭不和にならないのか?

asroma12

キャンプ地の周辺はこんなのんびりした風景。

asroma9

こういう看板、日本の遊園地にありそう。

asroma16

選手を一目見ようとやってきた大勢のファン。そのほとんどはローマから夏のバカンスを兼ねてやって来ていて、地元の観光収入にかなり貢献しているはず。3人ほど日本人らしき人の姿も見かけた!

asroma8

練習中のトッティとデ・ロッシ、奥にはグラサンのルイス・エンリケ監督。なんだかみんな楽しそう。
練習時間は朝10:00~12:30、午後16:30~19:00。

asroma7

予想していなかったのが移籍が噂されていたヴーチニッチの姿・・・。

asroma3

そして同じくローマを飛び出そうなメネズまで!

asroma1

人の何倍も熱心にトレーニングしていたのがタッデイ。練習が終わっても一人黙々とトラックを走る姿にファンから大きな拍手。

asroma2

晩はファンの集い。スペイン人新監督のルイス・エンリケ。とても親しみやすい人という印象。これからバルサ的なカルチョがローマに導入されるのか乞うご期待!

asroma5

同じくスペイン人、ニューフェースのホセ・アンヘル・バルデスは今年22歳・・・といってもあどけなくって、なんだか中学生ぐらいにしか見えない。こういう感じの子、よくファンにいるタイプ。

asroma4

表彰を受けるカピタン・トッティ。

asroma6

最後はトッティ、デ・ロッシ、ボリエッロのシャツをチャリティー寄付の為、セリにかける一幕。
それぞれ500~1000ユーロぐらいで落とされていましたが、デ・ロッシのシャツは監督のルイス・エンリケ自身が1000ユーロ出してゲットした後、舞台からシャツを投げて最前列にいた身体障害者の方にプレゼント。口の悪いトッティが移籍の話がよく出るデ・ロッシをからかって「みんな買った方がいいぞ。これがデ・ロッシのローマでの最後のシャツだからな。」とコメントすると会場は大爆笑。

写真ではわかりませんが、降り続く雨に打たれながらのこの集い。老体にはちょっと響きましたが、グラツィエ・ローマ!
スポンサーサイト